【東日本大震災】津波に父と長男奪われ、次女は自殺 大槌の住職、苦悩5年

長くも、短くも「あの日」から5年。   未曽有の災害に家族や友人、知人の多くを亡くし、深い喪失感を抱えながらの一歩一歩だった。   東日本大震災から5年の朝、被災地の人たちは、祈りをささげた。   津波で市街地が壊滅し、人口の約1割に当たる1200人以上の死者・行方不明者を出した岩手県大槌町。   (写真はイメージ)   ...

【東日本大震災】震災5年 見てて ばあちゃん 地震・津波研究へ

キャンパスを冷たく澄んだ空気が包んでいた。   宮城県多賀城市出身の岩手大工学部1年、福田栞さん(19)はここで津波や地震の研究をしようと決めている。   「もう誰にも同じ思いをさせないために」。   進路を選ばせたのは、東日本大震災での祖母とのつらい別れだった。     (写真はイメージ)   2011年3月11日、中...

【東日本大震災】帰らぬ息子、骨の一片でも 陸前高田沖 2年半ぶり捜索

あの日から5年。2561人の行方が、いまだわかっていない。   5年前に息子を奪っていった同じ海とは思えない、穏やかさだった。   吉田税(ちから)さん(81)は漁船の上から、ダイバーが海中を捜索する様子を、身じろぎせず見つめていた。   「この海のどこかに息子は眠っている」。   海に献花し手を合わせた。     (写...

【阪神淡路大震災】震災慰霊行事、苦渋の中止 遺族、心で祈り続けて

激震は母親の命を奪った。近所の赤ちゃんや結婚前の女性の命をも。それでも、同じ地域で亡くなった人々の命の重みをかみしめながら、復興まちづくりにまい進してきた。   17日で阪神・淡路大震災から21年。今年は街の追悼行事が取りやめになる。でも、願う。それぞれが心の中で祈り続けてほしい、と。   (深江本町阪神高速倒壊現場 写真提供:神戸市)   阪神・淡路大震災「1...

【東日本大震災】<もう一度会いたい>長男の遺体の涙拭く

【東日本大震災】<もう一度会いたい>長男の遺体の涙拭く 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
◎(2)「土葬にできるかっ」 「大ちゃんらしい遺体が揚がったようだ」 今野ひとみさん(45)=宮城県石巻市=と夫の浩行さん(53)に届いた安否情報は凶と出た。 震災6日目。 長男=当時(12)=の遺体は通学先の大川小の手前ののり面で見つかった。ほかの児童と折り重なって横たわっていたという。 ■眠るように 安置所になっている高校に夫と急ぐ。 遺体は塩ビの収納袋に入れられ、体...

【東日本大震災】<もう一度会いたい>生きていて 名前叫ぶ

【東日本大震災】<もう一度会いたい>生きていて 名前叫ぶ 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故7
◎(1)3人の子の姿求め  「まりー」  「りかー」  「だいすけー」 3人の子の名を叫びながら今野ひとみさん(45)=宮城県石巻市=は北上川の土手を歩いていた。半狂乱のようだったと、その時擦れ違ったという近所の人に後で聞かされた。 震災の次の日。 目の前の光景を受け入れるのは難しい。 泥の沼。見渡す限り。 根をむき出しにして横倒しになった防風林の木が雑な組み木細工みたいに...

【東日本大震災】最後の言葉 命救う 家族思い 優しい大黒柱

■南相馬市鹿島区  門馬 孝文さん=当時35=  礼次郎さん=当時63=  美津子さん=当時56=     夫の最後の言葉が、妻と3人の娘を救った。「ラジオつけとけよ」。南相馬市鹿島区南右田の門馬孝文さんが消防団活動に向かう直前、妻麻野さん(33)に声を掛けた。   沿岸部で津波にのみ込まれたとみられ、震災から1年4カ月がたった今も行方は分かっていない。「どこかで生...

【東日本大震災】携帯に「ありがとう」 直前に母と最後の昼食

■新地町駒ケ嶺 菅野瑞姫さん=当時18=   昨年秋の明け方、新地町駒ケ嶺の菅野真津子さん(44)は長女瑞姫さんの夢を見た。つぶらな瞳がいとおしかった。悲しみから抜け出せない自分をそっと抱き締めてくれた。   何を話したのかは覚えていない。ただ、温かな感覚は今も残る。「『いつも笑顔でいて』と、きっと私に伝えたかったのでしょう」。優しくほほ笑む写真に目をやった。 &...

【東日本大震災】パティシエ夢見る 携帯画像に誕生日ケーキ

■南相馬市鹿島区  田村美咲さん =当時17= 充さん =当時56=  勝美さん =当時82=  スサエさん=当時78=   「おかあのマドレーヌがきっかけなんだよ」。南相馬市鹿島区南右田の田村美咲さんが中学生だったある日、うれしそうに話した言葉を母江久子さん(54)は今も覚えている。   美咲さんがまだ幼いころ、江久子さんが覚えたてのマドレーヌを作ってあげると、お...

【東日本大震災】友しのぶ、校舎は消えても 宮城・名取

■友しのぶ、校舎は消えても 宮城・名取     津波が来てるから、戻ってきちゃだめだよ。瑠衣ちゃんに、そう伝えてあげればよかった――。県立仙台三桜高校2年の伊藤碧惟(あおい)さん(17)は今も、悔いている。   750人以上が津波で亡くなった宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)地区。     生徒14人が犠牲になった閖上中学校の1年生だった。...