【東日本大震災】大震災6年 亡き父の姿追い続け 福島から避難の22歳

<大震災6年>亡き父の姿追い続け 福島から避難の22歳 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
二度と会えなくなってやっとわかり合えた気がする。福島第1原発事故により古里の福島県南相馬市から横浜市への転居を余儀なくされてから6年。東日本大震災の津波で父を亡くした横山翼さん(22)は、すれ違いばかりだった父の姿を追いかけている。 翼さんは高校を出て2013年に横浜の電気工事会社に就職。失敗ばかりで先輩に怒鳴られた。くじけそうになった。そんなとき、父隆一さん(震災当時44歳)のあの言葉...

【東日本大震災】震災6年「親を大事にして」岩手で父不明の3きょうだい呼び掛け

【東日本大震災】【震災6年】「親を大事にして」岩手で父不明の3きょうだい呼び掛け 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
八戸市の高校1年の幸崎廉さん(16)、妹で中学3年の鈴さん(15)、弟の中学1年の陸さん(13)は仲が良い3人きょうだい。 父親の和彦さん=当時(45)=は東日本大震災で今も行方不明のままだ。 現実から目を背けざるを得ない苦しみも味わった。それでも、6年の月日を重ね、自分たちの成長を何よりも楽しみにしていた父の気持ちに思いをはせるようになった。「いつ何があるか分からない。生きている時に親を...

【東日本大震災】「守れなかった」自分を恨み 消えぬ後悔「生き地獄」 子供3人が犠牲に

【東日本大震災】「守れなかった」自分を恨み 消えぬ後悔「生き地獄」 子供3人が犠牲に 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
「父ちゃんなのに守ってやれなかった。生きていてもしようがない」 津波の犠牲となった遠藤花さん=当時(13)=、侃太(かんた)君=当時(10)、奏(かな)ちゃん=当時(8)=きょうだいの父、伸一さん(48)は宮城県石巻市の渡波地区出身の木工職人だ。震災のあった日は市内の漁港で改修工事をしていた。仕事が終わり現場を去った直後、大地震に遭った。 帰宅しているはずの花さんが心配で、急ぎ自宅へ向かっ...

【東日本大震災】「なぜ助けてくれなかったの」 津波に奪われた命…夫婦に亀裂 子供3人が犠牲に

【東日本大震災】「なぜ助けてくれなかったの」 津波に奪われた命…夫婦に亀裂 子供3人が犠牲に 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
東日本大震災の発生から11日で6年となる。震災で最も多くの犠牲者を出した石巻市に暮らす遠藤さん一家は、津波で3人の子供すべてを亡くした。子に先立たれた父と母が生きてきた6年を追った。 「花ちゃんと奏(かな)ちゃんは助からなかった。侃太(かんた)君はまだ見つかっていない」 × × × 宮城県石巻市渡波地区の遠藤綾子(りょうこ)さん(48)。JR石巻駅から数キロ離れた市内の病院に勤めながら、...

【東日本大震災】大震災6年 「ひな乃の笑顔のように咲いて」ヒマワリの種

【東日本大震災】大震災6年 「ひな乃の笑顔のように咲いて」ヒマワリの種 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
宮城・山元町で津波で犠牲 全国の幼稚園などに種を贈る 東日本大震災で送迎バスが津波に流され、園児ら9人が犠牲になった宮城県山元町の私立ふじ幼稚園。長女ひな乃ちゃん(当時5歳)を亡くした団体職員、高橋ひろみさん(52)=同県亘理(わたり)町=は、ひな乃ちゃんの笑顔に見立てたヒマワリを育て、全国の幼稚園などに種を贈る。高橋さんは「命の尊さと防災を考える大切さを忘れないでほしい」と訴え続けている。...

【東日本大震災】行員守らなかった堅牢な建物

【東日本大震災】行員守らなかった堅牢な建物 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
その建物は拍子抜けするほど傷んでいなかった。がれきにまみれた周囲の光景と不釣り合いに見える。 宮城県石巻市の成田博美さん(56)は娘の絵美さん=当時(26)=が被災した同県女川町に足を踏み入れた。東日本大震災の発生から3日後だったと記憶する。娘は地銀の女川支店に勤め、同僚と屋上に避難して津波にのまれた。 支店はすくっと立つていた。壁も抜けていない。金庫も無事。さすが金融機関だ。頑丈にできて...

【東日本大震災】弁当流し、潜水捜索…娘とのつながり求めて

【東日本大震災】弁当流し、潜水捜索…娘とのつながり求めて 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
寒風が頬を刺す。波がうねっている。 1月中旬の東北地方は一番の寒気が降りていた。 宮城県石巻市の看護職、成田博美さん(56)は女川港(同県女川町)の岸壁にいた。 弁当を手にしている。ハンバーグ。おにぎり。イチゴ。どれも娘の好物だ。 人目のないのを見定め、静かに海に流した。 東日本大震災で一人娘の絵美さんを亡くした。26歳。結婚4カ月だった。地銀の女川支店に勤め、職場で被災した。遺体は...

【東日本大震災】亡き娘へメール、きょうも打つ

【東日本大震災】亡き娘へメール、きょうも打つ 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
《どこにいるの? 会いたいよ》 宮城県石巻市の成田博美さん(56)は娘の絵美さん=当時(26)=の携帯電話に毎日メールを送る。娘は東日本大震災で亡くなった。 送信は夜寝る前。居間に一人きりになって打つ。 壁に娘の肖像画が飾られている。知人の画家に描いてもらった。卓上鏡を手元に置き、それに映る娘の顔を見ながら言葉をつづる。 《あなたを産んだお母さんを恨んでない?》 娘が早世の運命をたど...

【東日本大震災】<あなたに伝えたい>夢でいい また会いたい

【東日本大震災】<あなたに伝えたい>夢でいい また会いたい 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
亀井宏美さん=当時(39)=、次女陽愛(ひなり)ちゃん=同(1)=は、宮城県山元町の自宅で夫の繁さん(46)、長女(16)、宏美さんの両親との6人暮らしだった。 東日本大震災の約2週間後、自宅から1.5キロほど離れた場所で2人一緒に見つかった。宏美さんは陽愛ちゃんを背負っていた。 ◎七回忌に寄せて(4)最愛の妻と娘/亀井繁さん(宮城県山元町)から宏美さん、陽愛ちゃんへ  ...

【東日本大震災】<震災6年>七回忌「ずっと帰り待っている」

【東日本大震災】<震災6年>七回忌「ずっと帰り待っている」 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
東日本大震災から6年になるのを前に、震災時に避難所として300人以上を受け入れた宮城県気仙沼市本吉町寺沢の仙翁(せんのう)寺で5日、震災殉難・物故者合同七回忌法要が営まれた。 犠牲者69人の遺族約120人が参列。本堂で手を合わせて犠牲者の冥福を祈った。観音像を納める「萬手(まんじゅ)堂」の落慶法要もあった。 参列した同市南郷の斎藤ちよ子さん(68)は、南三陸町職員だった次男康志さん=当時(...