【東日本大震災】風の電話に「来ました」 亡き夫約束の椅子

思いを伝えることで悲しみが癒やされるという、岩手県大槌町吉里吉里の「風の電話」。昨年11月にがんで亡くなった会社員、上田雅士さん(当時58歳、横浜市出身)が訪れて「私が死んだ後、電話をかけに来るかもしれない妻のために、腰を下ろせる椅子を寄付したい」と申し出たのは2015年12月だった。

生きていれば59歳の誕生日の13日、妻の恵都子さん(61)が訪れた。1年半ぶりに夫の約束を果たし、受話器を握って涙した。  

雅士さんは日本IBM(東京)の技術者で、海外生活も長かった。震災の時は国際協力機構の一員としてラオスにいた。帰国後、「被災地を支援したい」と大槌町に赴任。その時に、「風の電話」が設置してある庭園師、佐々木格(いたる)さん(72)宅を尋ね、妻への思いを込めて提供を申し出た。

しかし、雅士さんは思いを果たせぬまま膵臓(すいぞう)がんで死去。椅子の話を知った職場の部下らがお金を出し合い、長椅子を買って「風の電話」のボックスそばに運んだ。

13日、雨がしとしと降る中、恵都子さんが椅子に銘板をネジで留めた。銘板には「愛する君と伴に 上田雅士」などと記されてあった。職場の人たちや佐々木さん夫婦が見守った。恵都子さんは腰をかけ、座り心地を確かめた。さらにボックスに足を運び、おそるおそる受話器に手を伸ばした。雨粒が筋を引くガラス越しに、涙にぬれた恵都子さんの顔が見えた。  

「悲しみは1年間、病気と闘った仲なので忘れました」。ちょっぴり強気に、そう話したが、涙は止まらなかった。そして電話では「あなた、やっと来ましたよ。職場や多くの人たちも助けてくれましたよ」。そのように伝えたという。

佐々木さんは「思いのこもった椅子です。ここに座り、海を見つめ、小鳥のさえずりを聞いてほしい」と話した。  

「風の電話」はいとこの死をきっかけに震災前の10年11月から設置し始めた。線はつながっていない。震災直後の11年4月に完成し、津波で肉親を失った人らこれまでに約2万5000人が訪れたという。

毎日新聞

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