【東日本大震災】大震災6年 新たな我が子2人に

【東日本大震災】大震災6年 新たな我が子2人に

宮城・石巻の小高正美さん、親子4人で歩み始める新しい命に、失った我が子らの思い出や成長を託せるようになりました--。

宮城県石巻市の家業手伝い、小高(おだか)正美さん(38)は、東日本大震災の津波で両親と子供3人の家族5人を失った。家にこもりがちな時期もあったが、葛藤の末に新たに授かった2人の子は、一緒に供養してくれるようになった。今は「天国の5人と一緒」と確信している。親子4人は歩み始めた。

11日、石巻市沿岸部の上釜地区に新たに建てられた慰霊碑の前に、小高さん夫婦らの姿があった。犠牲になった小高家5人の名も碑に刻まれている。市立釜小2年の長女萌霞(もえか)さん(当時8歳)、幼稚園児の長男唯一翔(ゆいと)ちゃん(同5)、保育園児の次男翔太ちゃん(同3)、父惇二さん(同72)、母みさ子さん(同59)。

2011年3月11日、正美さんは団体職員だった当時の勤務先から比較的近い日和山(ひよりやま)へ避難した。自宅がある中屋敷地区は3キロ以上離れ、低地にある。

「両親は家にいただろう。翔太も保育園を休んでた。幼稚園も午後1時半には帰宅させるから唯一翔も……」。自宅の周囲は濁流にのまれていた。翌日も腰の高さまで浸水し、たどり着けなかった。不安は募った。

建設会社経営の夫政之さん(37)が、仕事のあった仙台から戻ってきた。14日、水の引いた自宅に戻ると、台所に母の遺体があった。そして、萌霞さんのランドセルを見つけた。「帰ってたんだ……」。希望は打ち砕かれた。

覚悟を決めた。生存者がいる避難所でなく、遺体安置所を回り始めた。最初に見つけた唯一翔ちゃんは、安らかな顔だった。萌霞さんは名札を付け、父は腹巻きの中に免許証があり身元が判明した。1カ月後、小さな遺体を翔太ちゃんと確認した。

ぼうぜんとなり、生きる気力を失いかけた。人目を避けるように隣の東松島市のアパートに転居した。仕事も半年ほど休んだ。

失意の中で慰めてくれたのは、被災宅2階から持ち出したアルバム。我が子の写真を壁に張り出した。夏は浴衣を買ってきた。少しだけ、子供と一緒にいる気持ちになれた気がした。

小高さんは12年に次女瑚乃美(このみ)ちゃん(4)、14年に三男斗輝矢(ときや)ちゃん(3)を出産した。「子を守れなかった親が新しい命を宿していいのか」と「罪悪感」にもさいなまれた。だが、周囲に励まされながら、新たな命をはぐくむ中で、ようやく「産んで良かった」と思えるようになった。

2人に震災のことはあまり話してない。だけど、お兄ちゃん、お姉ちゃんは「水の中で苦しくなり死んじゃった」と分かっている。仏壇に菓子を手向けたり、月命日の墓参には家族そろって行く時もある。

正美さんが、かみしめるように言った。「朝ご飯をみんなで食べて、夫を送り出す。この日常が、私たちの復興かなと感じています」

毎日新聞

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