【東日本大震災】お婿さんの近況、聞いてみようか

「僕は成田家の人間ですから」

彼は即答した。

東日本大震災で亡くなった宮城県石巻市の成田絵美さん=当時(26)=にはお婿さんがいた。4つ上。運送業を営む。震災4カ月前に結婚し、成田家の籍に入った。

「実家に戻る?」

絵美さんの母で看護職の博美さん(56)は同居を一時解消する考えがあるかどうかを聞いた。震災1カ月後だったと思う。娘の遺体は見つかっていない。

「いえ、残ります」

答えにためらいはなかった。

博美さんは自宅を津波で流され、生活の場をアパートに移していた。夫の正明さん(60)、母(84)、お婿さんと4人で暮らす。そこを拠点に捜索を続けた。

温厚で礼儀正しい。ご飯も「おいしいおいしい」と残さず食べてくれる。娘はいい人を見つけた。

彼と2人で食べ物の買い出しに出た。被災地の食料不足はその時まだ解消されていない。

途中、デニムスカートの若い女性を見掛けた。娘のものと同じ柄だ。彼は分かっただろうか。

アパートに戻り、その話になった。

彼も気づいていた。胸が苦しく、その場ではお互い口に出せないでいた。

主役である娘のいない同居生活は1年を超えた。

「彼も若い。これ以上縛りつけておけない」

正明さんと話し、一つの決断をした。娘の死亡届を出し、踏ん切りもついていた。

「もう籍を抜いていいのよ。娘のためにここまでよくやってくれました」

彼は黙って聞いていた。

時間をかけて一人で考えたのだろう。数週間後、離籍の報告を受けた。

彼には感謝している。期間は短かったが、娘も結婚を経験できた。赤ちゃんを授かる前に命を落とし、お母さんにはなれなかったけれど。

彼は旧姓に戻ってからも娘の誕生日には実家から駆け付けてくれた。次の年も。次の次の年も。

その次の年はケーキだけ届いた。

昨年はそれも途絶えた。

震災から6年。人の心は移ろう。新しく好きな人ができても不思議はない。

博美さんはその日に備え気持ちを整え始めている。

勤め先の病院に年1回、彼の義理のお兄さんが健康診断を受けに来る。

今度、勇気を出して彼の近況を聞いてみようか。

聞けるかもしれないし、聞けないかもしれない。

産経新聞

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