【東日本大震災】大震災6年 亡き父の姿追い続け 福島から避難の22歳

【東日本大震災】大震災6年 亡き父の姿追い続け 福島から避難の22歳

二度と会えなくなってやっとわかり合えた気がする。福島第1原発事故により古里の福島県南相馬市から横浜市への転居を余儀なくされてから6年。東日本大震災の津波で父を亡くした横山翼さん(22)は、すれ違いばかりだった父の姿を追いかけている。

翼さんは高校を出て2013年に横浜の電気工事会社に就職。失敗ばかりで先輩に怒鳴られた。くじけそうになった。そんなとき、父隆一さん(震災当時44歳)のあの言葉が支えてくれた。「最初からできるやつなんて--」。今では、電線をうまく引き込めるし、電柱もすんなりと登れるようになった。少し自信がついてきた。

生前の父には、反発心を抱いていた。父は小学校のPTA会長を務め、地域の祭りでは、決まって音頭を取った。奔放で快活な人柄が地元の人に好かれる一方で、翼さんにとっては「家族を困らせる」存在だった。

地元の企業を脱サラ後、母久子さん(47)の反対を押し切りコンビニ店を始めたにもかかわらず、母に任せきりでパチンコや友人との飲み会に出かけた。突然、450万円もするワンボックス車を購入し、「まあいいじゃない」と笑顔でごまかした。

中学ではコンピューター部に入りたかったのに、強く勧められてバスケットボール部に。練習についていけずにしょげていると、スポーツ万能の父から「最初からできるやつなんて、いねえんだぞ」と叱られた。不器用な自分とは正反対の人間のように思えてならなかった。

6年前のあの日、通っていた南相馬市の高校で激しい揺れに襲われた。そのまま避難所となり、夜に母と再会できたが、父と妹あすかさん(当時13歳)、祖母ケイ子さん(同73歳)は自宅で津波にのまれた。約15キロ南の福島第1原発では水素爆発が起き、自宅も高校も避難指示区域になった。

妹と祖母の遺体は安置所で見つかったが、父は不明のまま。母は仮設住宅に入り、仕事をしながら父を捜した。翼さんは親戚がいた神奈川の高校に転校し、1人暮らしを始めた。「父ちゃんは最期まで自由だな」

年末に市の追悼式典の遺族代表あいさつを頼まれた。父をどう表現すればいいのか分からず、母のアドバイスで、父をよく知る大伯父を訪ねてみた。

「別に器用なわけじゃなかったんだぞ」。PTA会長として原稿なしで堂々とあいさつしていたが、こっそり大伯父の家を訪ねては「どんなあいさつをしようか」と相談し、練習を重ねていたという。父の意外な一面だった。

「振り回されたけど、ちゃんと見ててくれる人だった。いつも翼のことを応援していたのよ」。母からも父の話を聞いた。

運動部を勧めたのは、部屋で遊んでばかりの翼さんを心配したから。あのワンボックス車は、翼さんやチームメートを送迎するため。授業参観にいつも来ていたのも、母に促されたからではなかった。母が「どうして日程を知っているの」と尋ねると、「俺のネットワークだよ」と得意の笑顔で返したという。

父との距離が縮まった。「いつか父さんのように自信にあふれた堂々とした大人になりたい」。式典で誓った。それから2年4カ月後、父の遺体が見つかった。福島に帰るたびに、父の話を聞くのが楽しみになった。

古里の避難指示は昨夏に解除され、今月5日、自宅裏の高台にできた共同墓地に3人の遺骨を納めた。母が手配した墓石を見ると「翼 建之(これを建てる)」と刻まれていた。「父ちゃんの代わりに母ちゃんを支えよう」。父に一歩近づいた気がした。

毎日新聞

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