【東日本大震災】亡き娘へメール、きょうも打つ

【東日本大震災】亡き娘へメール、きょうも打つ

《どこにいるの? 会いたいよ》

宮城県石巻市の成田博美さん(56)は娘の絵美さん=当時(26)=の携帯電話に毎日メールを送る。娘は東日本大震災で亡くなった。

送信は夜寝る前。居間に一人きりになって打つ。

壁に娘の肖像画が飾られている。知人の画家に描いてもらった。卓上鏡を手元に置き、それに映る娘の顔を見ながら言葉をつづる。

《あなたを産んだお母さんを恨んでない?》

娘が早世の運命をたどった責任を一人で抱える。

娘の携帯電話は流された。電話会社に掛け合って同じアドレスで新調した。持ち主はこの世にいない。メールを受けると無人の娘の部屋で受信音が鳴る。

《今日帰ってたでしょ》

家の洗面所でクモを見つけた。死者の生まれ変わりという迷信を信じている。

携帯電話はメールの受信容量が決まっている。娘の携帯電話は700本台が限度。既にオーバーし、1本送ると1本消える。

《また3・11が来るね。船で会いに行くからね》

3月初め、最新のメールを送信した。

《クモさんまた家に遊びに来てくれないかな》

平成27年5月3日受信の最も古い1本がはじき飛ばされた。

生前の娘のことはノートにもつけている。

《おじいさんのお腹に頭を乗っけて二人で昼寝》

《高校時代、突然金髪に。先生から電話。短大の入試が近づくと黒に戻す》

思い浮かぶままに書き留める。筆が進む日もあれば1行も書けない日もある。

ノートは年を取ったときに備えて始めた。物忘れがひどくなってもページをめくれば思い出す。

娘が他界して6年。記憶は薄れていない。

ちっちゃい時の顔も10代の頃の表情も鮮明に覚えている。分娩(ぶんべん)室のベッドで初対面した顔も。

声も耳に残っている。よく「声から忘れる」と言うが、自分は大丈夫。しっかりと記憶に刻まれている。

《15歳 あゆの『シーズンズ』ヒット》

歌手の浜崎あゆみさんが好きで、よく2人で歌番組を見た。居間のテーブルに並んで座って。

いつも隣にいた。ご飯のときも。宿題のときも。

あれ?

あの子、私のどっち側にいたんだっけ? 定位置で決まっていたのに。

右だっけ?

左だっけ?

産経新聞

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