【東日本大震災】<震災6年 会いたい>CDラジオ いつも隣に

岩手県陸前高田市広田町の杉林の中に立つ「漂流ポスト3.11」に、東日本大震災で亡くなった人たちへの手紙が届く。遺族らのやり場のない気持ちを受け止め、心をつなぐ。

もうすぐ震災から6年。「会いたい」。妻から夫へ。母から子へ。手紙に込めた思いに触れた。

◎漂流ポストに託す(上)妻から夫へ 金美子さん

■涙流した記念日

郵便ポストの投函(とうかん)口。勇気を出して、つかんでいた手を離した。

陸前高田市の金美子さん(73)は1月上旬、震災で亡くなった夫良隆さん=当時(71)=に初めて手紙を出した。

<今年で五十年 貴方(あなた)の妻と迎えていただいた一月、貴方の面影に会いたくて、羽を広げた折り鶴>

金婚式のはずだった。「もうすぐだね」。震災前、水を向けた。「よく持ったなあ」とおどける夫に「おかげさまだね」と返した。

一人だけの記念日。ケーキを買うのはやめた。スーパーのすしを仏前に供え、むなしさで涙がこぼれた。

お見合いだった。「幸せにしてやれないかもしれないけれど、僕の妻になってほしい」。控えめなプロポーズに温かな人柄を感じた。

北海道の建築会社に勤めた良隆さんとは別居が長かった。家族を気遣い、まめに届く手紙に支えられた。退職後、2人で栗駒山や早池峰山などの山々を登った。夫婦水入らずの生活は突然、終わりを告げた。

■孫の成長を報告

真っ暗闇になった。ストレスで病気を重ね、血圧も跳ね上がった。通院ぐらいしか外に出なくなった。

<今日も又一枚のチラシと一本のペン。忘れられない主人への思いの独り言。頬を伝わる泪(なみだ)を拭きながら>

ため込んだ白い裏紙に、ボールペンを走らせる。「私の心もあの日でどこかへ飛んでいってしまった」「ただ肩を並べて歩きたい」。ティッシュ箱を空にするときもある。沈んだ気持ちが少し、楽になる。

5人の孫の成長を楽しみにしていた良隆さん。それぞれが学校に入学、卒業する時期、渡す祝い金などを記したスケジュール表を作り、「切り詰めないとな」と頬を緩ませていた。

「おじいちゃんの汗臭いのがいいの」。孫に形見の帽子をせがまれた。優しい言葉に何度も慰められてきた。成長を報告することが、自分の役割に思えた。

毎朝、仏壇に話し掛ける。ろうそくの炎のかすかな揺れが、返事だと思う。

<私の側(そば)で貴方が使っていたラジオ・CDが小声で鳴っています。CDの曲に乗せて、何時(いつ)しか届きそうな気がします>

台所で料理をするとき、居間で文章を書くとき、寝室で眠りに就くとき。愛用していたCDラジオが、今日も隣で頑張ってくれる。

ポストに投函した後日、冬の夕方の空に輝く一番星を見た。良隆さんに届いた気がした。

[漂流ポスト3.11]2014年3月、赤川勇治さん(67)が営むカフェに設置した。交通事故や病気などの遺族らからも届く。カフェに併設する小屋で読むことができる。

手紙は〒029-2208陸前高田市広田町赤坂角地159の2 森の小舎「漂流ポスト3.11」へ。

匿名や手紙の非公開も可能。

河北新報

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