感動、検視の道へ 最期の姿を丁寧に整え 津波でいとこ犠牲、千葉県警巡査

 東日本大震災の津波で亡くなった親族を丁寧に扱ってくれた千葉県警の警察官に心を打たれ、遺体を調べる検視担当の刑事の道を歩み始めた女性がいる。同県警野田署の巡査、佐藤梢さん(24)。

いとこの堀内恵さん(当時27歳)の遺体は検視の後、きれいになって戻って来た。「恵ちゃんがしてもらったように死因を早く突き止め、できるだけきれいなお体にして遺族にお返ししたい」との思いを胸に仕事と向き合う。

高校3年生だったあの日、千葉県警への就職が決まっていた佐藤さんは岩手県奥州市の自宅で激しい揺れに襲われた。家に大きな損傷はなかったが、割れた食器や窓ガラスが散乱。夜はろうそくと懐中電灯で過ごした。

恵さんが住む同県陸前高田市を津波が襲ったと知ったのは、電気が復旧しテレビを見られるようになった5日後だった。映し出された現地の様子が信じられなかった。「本当に日本で起きたこと?」

恵さんの母、小笠原富子さん(63)から、恵さんと夫隆文さん(当時31歳)が行方不明になったと聞いた。すぐに現地へ行きたかったが、手だてがなかった。

3月18日。富子さんは、遺体安置所になっていた市立矢作小学校の体育館で恵さん夫婦を見つけた。髪が整えられ、衣服は洗われていた。検視した警察官がプールの水で汚れを落としてくれたのだった。死因をしっかり調べ、根拠も説明してくれた。「とってもきれいな顔だった。津波に遭ったなんて信じられない」。受話器の向こうですすり泣く富子さんの言葉から、悲しみだけでなく警察への感謝が伝わってきた。

岩手県警と共に検視したのが千葉県警だった。「駐在さん」に憧れていた佐藤さんだったが、「私も刑事になって検視をやる」と心に決めた。

警察官になって4年目、勤務後に勉強を続け、刑事の試験を受けた。面接では恵さん夫婦のことと検視への思いを語った。昨年3月、交番勤務から念願の刑事課に。この夏の盆休み、富子さん宅で仏壇に手を合わせ、2人に報告した。富子さんは「あの人たちと一緒の仕事をしているんだね」と喜んでくれた。

死が犯罪に起因するのかどうかを判断するために遺体を調べる検視に携わって1年半。まだまだ駆け出しだ。先輩の傍らでメモを取り、終われば体の汚れを水で流してタオルで拭く。

検視した遺体は100体を超え、仕事で知り合った人の死にも何度か直面した。悲しくてつらいこともたくさんある。そんな時、恵さんを思い出し、気持ちを切り替える。「大切な人を失った人に納得してもらって、検視を終えたい」

毎日新聞

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