【熊本地震】夫婦同じベッド分かれた生死、夫に「助かってごめん」…暗闇の中「頑張らにゃならんばい」励まし続け 2回目震度7

【熊本地震】夫婦同じベッド分かれた生死、夫に「助かってごめん」…暗闇の中「頑張らにゃならんばい」励まし続け 2回目震度7

目の前で励まし続けたのに、夫の呼吸は少しずつ弱まっていった-。

16日未明、2回目の震度7の激しい揺れに襲われた熊本県益城町。夫婦が寝ていたベッドはがれきの下敷きになり、妻の内村ミツエさん(79)だけが一命を取り留めた。

「助かって、ごめんなあ」。すぐ横にいながら運命は分かれた。あの日から5日。自分を責めずにはいられない。  

16日午前1時25分、突き上げるような縦揺れとともに、多くの家屋が倒壊した益城町平田。自宅で就寝中だったミツエさんは、天井が崩れ落ち、落下物が頭に当たって目が覚めた。

真っ暗で何も見えず、がれきの間に挟まれ、ほぼ全身の身動きが取れない。  

「父ちゃん、大丈夫なぁ?」。

数時間前まで一緒にテレビを見て、同じダブルベッドで眠る夫の宗春さん(83)のことがすぐに気になり、呼び掛けた。

そばで返事は聞こえたが、様子がおかしい。真上から大きな梁が直撃し、重いけがを負っているようだった。  

2人が生き埋めになっていることに気付き、隣に住む孫娘の愛美さん(24)は慌てて119番した。

何度もかけるが、なかなかつながらない。がれきの中からは耳慣れた宗春さんの声。「もうすぐ助かるけんね」と呼び掛けた。ようやく救急隊が到着し、祈るような思いで救出作業を見守った。

「頑張りゃならんばい」。

暗闇の中、ミツエさんは宗春さんに声を掛け続けた。しかし、次第に返事は聞こえなくなり、呼吸の音も消えていった。先に救助され、外で待ったが、宗春さんは助からなかった。

連れ添って50年以上。口数が少ない宗春さんはいつも聞き役だったが、穏やかな笑顔が不思議と心を落ち着かせてくれた。

毎朝ゆっくりと散歩した川沿いの小道、ニンニクやタマネギを育て始めた家庭菜園…。長く続けたタクシー運転手の仕事を退き、2人の時間を楽しんでいるさなかだった。  

対面した宗春さんの頬はとても冷たかった。「私ばっかり助かって。父ちゃんを助けてやれんかった」。

幼い時からかわいがってもらっていた愛美さんも「助かるとうそをついてごめんなさい」。眼前で起きた大切な人の死に、泣いて謝ることしかできない。 

産経新聞

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