【熊本地震】生きて…母の祈りは届かず

【熊本地震】生きて…母の祈りは届かず

「生きて」-。そう願って握り続けた娘の手は冷たくなった。16日の地震では、多くの人々の命が容赦なく奪われた。「昨日まであんなに元気だったのに」。家族や友人らは信じられないような現実に打ちのめされ、涙に暮れた。  

熊本県益城町福原の自宅で亡くなった河添由実さん(28)は、両親と兄、祖母の5人暮らし。近隣住民によると、つぶれた1階のがれきの隙間から伸びた由実さんの手を握りしめながら、母親は「早く出してあげて」と声を震わせていたという。

小学時代にピアノを教えていた50代女性は「『戦場のメリークリスマス』が好きで、人一倍練習していた。亡くなったのを信じたくない」と泣いた。

福岡県宗像市の福田喜久枝さん(63)は夫の実家が益城町にあり、14日の地震で受けた被害の片付けのために来ていて家の下敷きになった。

16日午後8時ごろ、無事だった夫に付き添われ、遺体は宗像市の自宅へ。知人の60代女性は「地域の行事を積極的に引き受けてくれ、頼りにされていた」と目を潤ませた。  

自宅の下敷きになり亡くなった熊本県西原村小森の加藤カメノさん(90)と、ひとみさん(79)は義理の姉妹。

ひとみさんの実弟の藤森敬朗さん(66)は「優しい姉さんだった」。西原村で亡くなった野田洋子さん(83)は周囲に手料理を振る舞うのが好きだった。

長女の久美代さん(59)は「孫が関東から帰省すると、うれしそうに料理していた。無理にでも私の家に連れて行けばよかった」と泣き崩れた。

同県嘉島町の冨岡王将さん(84)は、就寝中にがれきの下敷きとなった。約半世紀にわたる親友の徳臣太八郎さん(83)=同町=は「実直な植木職人。私の庭も手入れしてくれた。壊れた私の家を復興して、あの庭を守りたい」と語った。 

西日本新聞

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