【東日本大震災】津波にのまれた父を思う…6歳の女の子は一度も髪を切ったことがない 「パパがなでた髪かもしれないから」

髪に宿るパパのぬくもり

宮城県塩釜市・高橋心陽(こはる)ちゃん(6)

死者、行方不明者合わせて1万8千人を超えた東日本大震災は、発生から11日で5年となる。歳月は流れ、変わるものと変わらぬものが交錯する被災地。人々は胸にさまざまな思いを宿し、復興に向けて歩みを進める。

「幼稚園で一番長いんだ」。お尻まで伸ばした髪をなびかせ、ほほ笑んだ。

宮城県塩釜市の高橋心陽(こはる)ちゃん(6)は、これまで一度も後ろ髪を切ったことがない。東日本大震災が起きたのは1歳の時。津波のことも、消防団員として避難を呼びかけながら亡くなった父、昌照(まさてる)さん=当時(37)=のことも、ほとんど覚えていない。

仙台市の自宅にあった家族写真は津波で流された。「パパがなでた髪かもしれないと思うと、切れないんです」。母の陽香(はるか)さん(42)にとって、心陽ちゃんの髪は夫のぬくもりを残す大切な思い出だ。
「ラプンツェルみたいに床につくまで伸ばしたい」。グリム童話に登場する少女に憧れる娘のため、冬は20分ほどかけて、ドライヤーで丁寧に髪を乾かす。

「こっちには来るな!」

「おむつが欲しいからそっちに行くね」「こっちには来るな!」。平成23年3月11日、仙台市宮城野区の消防団に所属していた昌照さんは、自宅に戻ろうとしていた陽香さんを電話で制止し、保育園に長男の真心(こころ)君(8)と心陽ちゃんを迎えに行くよう指示。これが最後の会話となった。

昌照さんが乗っていたポンプ車は自宅から約150メートル離れた場所で大破して見つかったが、連絡はとれないまま。13日に避難先で知人と再会した陽香さんは、思わず泣き崩れた。「パパがいないの」。傍らでは子供たちが不安そうに見つめていた。「もう泣けない」。涙をこらえた。

夜、おぶっていた真心君がつぶやいた。「パパ、死んだんだよね」。思わず否定した。「パパ、生きてるから!」。自分に言い聞かせていたのかもしれない。息子は背中で泣いていた。

同月30日、自宅近くのがれきの中から遺体が見つかった。作業着の胸と肩には家族3人の名前をつなげた「真心陽香」の刺繍(ししゅう)。肌は土色になっていたが、確かに昌照さんだった。死因は頭部損傷。ヘルメットには亀裂が走っていた。

昌照さんは最後まで住民に「逃げて」と呼びかけ、消防団仲間に「家族を逃がせ」と促していた。夫らしい行動だったと思う。火葬を終え、骨壺に「心陽より軽いよ」と語りかけた。

宮城県塩釜市の実家に3人で身を寄せ、5月には事務職として務めていた仙台市の勤務先に復帰した。

子供が泣いていても保育園に預け、会社へ向かった。他の子供が父親に迎えに来てもらう様子を見た真心君が、ぐっと何かを我慢するような表情を浮かべていたこともある。陽香さんも子供たちと離れるのはつらかったが、家計を支えるため懸命に働いた。

やがて、心陽ちゃんから一日に何度も「ねえ、ママ笑って?」と言われるようになっていた。笑顔が消えていたことに気付いた。「子供たちの成長を近くで見守りたい」。思い切って仕事を辞めた。

「なんでパパが死ななければならなかったんだ!」。今年1月、真心君が突然、布団で泣きじゃくり、枕をたたいた。震災後、自分から父の話をすることはなかった。父の記憶を封じようとしているのかは分からない。葛藤が垣間見えた瞬間だった。

髪を伸ばし続けてきた心陽ちゃんも時々、「切りたい」と言うようになった。「心陽に決めさせようと思いつつ、迷っている私がいる」と陽香さんは話す。

「今を生きるしかない」

子供の成長とともに訪れる変化を覚悟しながら、変わらないこともある。昌照さんが大切にしていた「556(こころ)」ナンバーの車を使い続け、両手には2つの結婚指輪。毎日、仏壇に「今日もこの子たちをよろしくね」と語りかける。

今も、子供たちの進路などの重大な選択に向き合うとき「パパだったらどうするだろう」と昌照さんのことを考える。大人の男性にじゃれる子供たちを見ると「お父さんに甘えたいのかな」とも感じるが、周りには頑張っているシングルマザーがたくさんいる。自分の子供たちだけがかわいそうだとは思いたくない。

陽香さんは、避難所でのたった一度を除いて、人に涙を見せたことがない。「薄情だと思われるかもしれないけど泣いている暇はない。今を生きるしかないんです」

産経新聞

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