【東日本大震災】帰らぬ息子、骨の一片でも 陸前高田沖 2年半ぶり捜索

あの日から5年。2561人の行方が、いまだわかっていない。

5年前に息子を奪っていった同じ海とは思えない、穏やかさだった。

吉田税(ちから)さん(81)は漁船の上から、ダイバーが海中を捜索する様子を、身じろぎせず見つめていた。

「この海のどこかに息子は眠っている」。

海に献花し手を合わせた。  

岩手県陸前高田市沖の広田湾で10日、海上保安庁による震災での行方不明者の潜水捜索があった。約2年半ぶりのことだ。  

「骨のひとかけらでも何でもいい。息子が『いた』という証しがほしい」 長男利行さん(当時43)の行方がわかっていない。

あの日、消防団員として市役所に駆けつけた。お年寄りを屋上までおぶって運んだ後、別の人の救助に向かって津波にのまれた。

自慢の息子だった。頼まれると嫌と言えない性格だった。商工業者の相談に乗る仕事をし、休日には好きな野球を中学生に教えた。

遺体安置所に通い詰める日々は、安置所が閉鎖されるまで1年半続いた。「このままではらちが明かない」。

それから半年ほどして死亡届を出した。  

墓に納める骨はない。野球のボールを一つ入れた。

「何か納めないと、と思ったが、空しいだけだった」  

前を向くはずだった。でも、息子が冷たい海の底に独りでいる。そう思うと、一歩を踏み出す気にはなれなかった。今も、帰って来るのではと玄関を確認しに起きる夜がある。  

「あともう一度、捜してもらお。それでけじめつけっぺ」。

今年1月、潜水捜索を求める署名活動を始めた。

集まった署名は2万8125人分。息子の行方を思う熱意が、再捜索の実現につながった。

約3時間に及ぶ捜索では、行方不明者の手がかりは見つからなかった。「気持ちは少し落ち着いた。だけども見つかるまで、オラたちの復興はないんだ」

朝日新聞

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