【東日本大震災】<もう一度会いたい>生きていて 名前叫ぶ

【東日本大震災】<もう一度会いたい>生きていて 名前叫ぶ

◎3人の子の姿求め

「まりー」

「りかー」

「だいすけー」

3人の子の名を叫びながら今野ひとみさん(45)=宮城県石巻市=は北上川の土手を歩いていた。半狂乱のようだったと、その時擦れ違ったという近所の人に後で聞かされた。

震災の次の日。

目の前の光景を受け入れるのは難しい。

泥の沼。見渡す限り。

根をむき出しにして横倒しになった防風林の木が雑な組み木細工みたいに重なっている。倒されずに踏ん張った電柱がそこに道のあったことを唯一認知させる。

自宅は流された。長女の麻里さん=当時(18)=、次女の理加さん=同(16)=、義理の父=同(77)=と母=同(70)=がいた。

大川小は水没した。長男の大輔君=当時(12)=が6年で籍を置く。

みんなどこ?

生きてんでしょ?

返事を求め、さまよい歩く。

■集落は全滅

前日の地震の時、ひとみさんは石巻市雄勝町の個人病院にいた。医療事務をしている。揺れの収まるのを待ち、家の長女にメールした。

「みんな大丈夫?」

「大丈夫だよ」

間を置かず大津波警報が出た。

家は北上川沿いにある。

もう一回メールした。届かない。

慌てて電話した。話し中の音が繰り返し鳴る。

仕事を早引きし、車で家に向かった。

ここを越えたら地元の集落に着く峠で止められた。波が下まで来ている。

後続車も立ち往生している。

集落は全滅だ。

大川小は孤立している。

真偽不明の情報が飛び交う。

日は落ちた。

電話は依然通じない。夫の浩行さん(53)とも。勤め先の宮城県東松島市の電気会社にいたはずだ。

車で暖を取る。次の日からガソリン不足に悩まされるとは思いも寄らず、夜通しエンジンを掛けっぱなしにしていた。

日の出を待たずに峠を下りた。

■何が何だか

集落にたどり着く。自宅は跡形もない。

学校は下の階がえぐられていた。

校舎近くに児童の親が一人、また一人と集まってきた。

誰もがわが子を捜している。焦りと疲れが顔に出ている。

情報交換する。実のある話は出てこない。

橋のたもとの道に女の子の遺体が横たわっていた。

通学ヘルメットをかぶっている。3年生か4年生。全身ずぶぬれだった。

アスファルトにじかに寝かすのは忍びないと、誰かがその辺にあった毛布を敷いた。その毛布もびしょびしょだった。

この先の集会所に寄る。臨時の避難所になっている。家族の姿はない。

大川小の先生がいた。

教務主任の先生だ。息子が自然科学クラブで世話になっている。

「先生、大輔は?」

「何が何だか…」

何を聞いても上の空だ。問い掛けを謝絶しているようだった。

5日目に夫と遭遇した。夫も車に寝泊まりし、自力で捜索していた。

集落跡の先に自宅の屋根が流されているのが見つかった。バールで瓦を片っ端からはがす。名を呼んでも応答がない。外気は冷え込んでいたが、たちまち汗だくになった。

その日、2人に安否情報が寄せられた。

夫と目が合う。

額が汗ばむのが分かった。

さっきの解体作業で出た汗とは感じが違っていた。

[メモ]東日本大震災の巨大津波が石巻市の北上川をさかのぼり、流域の石巻市針岡、釜谷地区に押し寄せ、集落を壊滅させた。今野さんの家は針岡地区、長男大輔君の大川小は釜谷地区にあり、ともに水没した。
          ◇         ◇         ◇
今野さん夫妻は震災で3人の子を失った。子に先立たれた親の悲しみは時がたっても簡単には癒えない。

河北新報

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