【東日本大震災】最後の言葉 命救う 家族思い 優しい大黒柱

【東日本大震災】最後の言葉 命救う 家族思い 優しい大黒柱

南相馬市鹿島区  門馬 孝文さん=当時35=  礼次郎さん=当時63=  美津子さん=当時56=  

夫の最後の言葉が、妻と3人の娘を救った。「ラジオつけとけよ」。南相馬市鹿島区南右田の門馬孝文さんが消防団活動に向かう直前、妻麻野さん(33)に声を掛けた。

沿岸部で津波にのみ込まれたとみられ、震災から1年4カ月がたった今も行方は分かっていない。「どこかで生きているかもしれない」。そう思っていた希望は月日とともに、小さくなっていく。

「一生会えないのは嫌。早く戻ってきて。骨の一部でもいい…」

昨年3月11日、孝文さんは仕事が休みで、麻野さん、次女佑さん(7つ)、母美津子さん、同居している母方の祖母大久セツエさん(85)と一緒に自宅にいた。父礼次郎さんは仕事で出ていた。

地震発生後、ポンプ車に飛び乗り、避難を呼び掛けた。麻野さんは佑さんを連れ、長女泉月(みづき)さん(10)の通う鹿島小、三女咲和(さわ)ちゃん(3つ)のいる、かしま保育園に向かった。

震災の1年前に起きたチリ地震。沿岸部には津波警報が出された。しかし、到達した津波は50センチ程度。麻野さんは今回も大きな津波が押し寄せるとは夢にも思わず、ハンドルを握っていた。

車に3人の娘を乗せ、交差点にさしかかった時だった。孝文さんの言葉がよみがえった。ラジオをつけると、岩手県に大津波が到達したことを告げる緊張した声が耳に飛び込んできた。「状況が分かるまで高台に行こう」。自宅と反対方向に向かい、市内の桜平山に登り津波から免れた。

車の中で一晩を過ごす間、何台ものポンプ車がやって来た。今にも「大丈夫だったか」と夫が近づいてくるように思えた。無事を念じた。しかし、夜が明けても夫の車が上がってくることはなかった。

孝文さんはおしゃべり好きで陽気な性格。休日になると娘を連れてよくドライブに出掛けた。近隣の公園や福島市の四季の里、北塩原村五色沼など街中よりも自然豊かな場所を好んだ。3人の娘にとって家族思いで頼りになる優しい父親だった。

今年5月の穏やかな昼間。麻野さんが自宅でうたた寝をしていたときだった。

カタン-。

テーブルに灰皿を置く音が聞こえた。誰もいない。しかし、確かに人の気配を感じた。「泣いてたって悩んでたって何も変わらない」。常にプラス思考だった夫の口癖が聞こえたような気がした。

娘たちは震災後、麻野さんを気遣い、孝文さんの話を一切口にしない時期があった。落ち込んだ時、夫の前向きな言葉を思い出す。津波から守ってくれた夫は、いつも心の中にいる。「子どもたちに心配を掛けてはいられない。強く生きなくっちゃ」

東日本大震災から11日で1年4カ月となった。遺族は亡き人との思い出を胸に、悲しみに耐える。震災死者の人生を記し、悼む。 穏やかでおおらか 常に笑顔で前向き 

孝文さんの父礼次郎さんは穏やかでおおらかな性格だった。建築業を営み、一生懸命仕事に打ち込んでいた。母美津子さんはいつも笑顔を見せていた。その前向きさは孝文さんに受け継がれた。

震災当日、礼次郎さんは建築現場にいたが、自宅に戻った。自宅からセツエさんと車を持たない近所の人を乗せ、鹿島区内の高台にある作業所に運んだ。2度目に飼い犬などを移動させた。

自宅前で美津子さんと車に毛布を積み込んむ姿を見た人がおり、3度目に自宅に戻ったときに津波に遭ったとみられる。2人は孝文さんとともに今も行方不明のままだ。 

福島民報

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