【東日本大震災】パティシエ夢見る 携帯画像に誕生日ケーキ

【東日本大震災】パティシエ夢見る 携帯画像に誕生日ケーキ

南相馬市鹿島区  田村美咲さん =当時17= 充さん =当時56=  勝美さん =当時82=  スサエさん=当時78=

「おかあのマドレーヌがきっかけなんだよ」。南相馬市鹿島区南右田の田村美咲さんが中学生だったある日、うれしそうに話した言葉を母江久子さん(54)は今も覚えている。

美咲さんがまだ幼いころ、江久子さんが覚えたてのマドレーヌを作ってあげると、おいしそうに食べた。将来、パティシエになる美咲さんの夢がこの時、芽生えた。美咲さんは鹿島中を卒業後、迷わず相馬農高の食品科学科に進んだ。レシピの雑誌も定期購読し、暇を見つけてはお菓子やケーキを作り、家族に振る舞った。

「このケーキ食べてみたいな」。江久子さんが頼むと、美咲さんは「挑戦してみる」と目を輝かせた。「南右田にお店を出したら、案外売れるんじゃない」。江久子さんが冗談交じりに話すと、美咲さんは照れくさそうに言葉を返した。「そうかなあ…」

ひょうきんな性格で、周囲はいつも笑顔に包まれていた。バレンタインデーが近づくと、毎年のように友達を自宅に招き、一緒にチョコレートをこしらえた。

追いかけていた夢は、3学年への進級を控えた昨年3月11日、途切れた。その日、学校は入試期間のため休みで、美咲さんは祖父勝美さん、祖母スサエさんと一緒に自宅にいた。

父親の充さんは地震後、職場から家に駆け付けた。鹿島区内の勤務先にいた江久子さんは美咲さんと携帯電話のメールで、互いの無事を確認し合った。

直後に、バシーンと雷のようなすさまじい音が周囲に響いた。それが何なのか、江久子さんには分からなかった。取りあえず、車で自宅に向かったが、道路にがれきや土砂が散乱し、たどり着けなかった。

自宅は海から100メートルほどしか離れておらず、美咲さんらは家ごと津波にのみこまれた。翌日、自宅から2キロほど西の真野川近くで、美咲さんの遺体が見つかった。

その後、スサエさんが自宅から西に1.5キロほど離れた土手、充さんが自宅から南側の烏崎地区の浜辺で発見された。一緒にいたはずの家族は散り散りに流されていた。勝美さんはまだ見つかっていない。

今年3月、江久子さんが暮らす鹿島区仮設住宅に美咲さんの同級生が訪ねてきた。一緒に専門学校に進む約束をしていた同級生は遺影に手を合わせ、静かに語り掛けた。「パティシエになるのが2人の夢だったよね。頑張るから」

充さんは器用に立ち回れる性格ではなかったが、建築板金の仕事に打ち込み、仲間から頼りにされていた。勝美さんは植木や盆栽の手入れに励み、パークゴルフにも熱中した。

スサエさんは「ウグイスと会話ができる」と得意げに話し、ウグイスに向かってよく口笛を吹いていた。家族はいろんな個性や趣味、特技を持っていた。そして、みんなが美咲さんの将来に期待し、応援していた。

江久子さんの携帯電話には、美咲さんが高校1年生の時に作ってくれた生クリームたっぷりの誕生日ケーキの写真が大切に保存してある。生地は少し硬かったけれど、イチゴを添えた生クリームは柔らかく、優しい味がした。思い出すたびに涙があふれ、画像がにじむ。

家族を失った悲しみを乗り越えられたら、またマドレーヌを作ろうと思っている。供養の気持ちを込めて-。「それまで、みんなもう少し待っていてね」

東日本大震災の発生から11日で1年3カ月になる。亡くなった人たちは、今も家族や友人の心の中にいる。人生の軌跡を記す。 

福島民報

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