【東日本大震災】友しのぶ、校舎は消えても 宮城・名取

【東日本大震災】友しのぶ、校舎は消えても 宮城・名取

■友しのぶ、校舎は消えても 宮城・名取  

津波が来てるから、戻ってきちゃだめだよ。瑠衣ちゃんに、そう伝えてあげればよかった――。県立仙台三桜高校2年の伊藤碧惟(あおい)さん(17)は今も、悔いている。

750人以上が津波で亡くなった宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区。

生徒14人が犠牲になった閖上中学校の1年生だった。同級生だった浜田瑠衣さん(当時13)を失った。あの日も、メールでたわいのないやりとりをしていた。《体調、大丈夫?》《大丈夫だよ》。大きな揺れに襲われたのは、そのすぐ後だった。

家族と一緒に、海と反対のほうへ車で逃げた。渋滞で止まると、外に出て走った。高台にたどり着き、振り返った。波は目前に迫り、自分の家はもう見えなくなっていた。

「瑠衣ちゃんは……」。家族と買い物に出かけた帰りに、津波にのまれた。人づてにそう聞いた。

1年後、中学校の旧校舎前に慰霊碑ができた。高さ約1メートルの黒御影石。浜田さんの名前も刻まれた。

中学校は内陸に7キロ先のプレハブ校舎へ。でも、ふらりと出かけるのは、いつも海に近い旧校舎。友だちとけんかした時。悩みがある時。何だか、うまくいかない時。自宅から10分ほど自転車をこぎ、碑に手を合わせた。

旧校舎は解体が決まった。慰霊碑は地区内の別の場所に移されると聞いた。  「大人になったら母校に帰るのが夢だった。夢が消えちゃった」。11日午前9時すぎ、伊藤さんは慰霊碑の前に立ち、浜田さんの名前をそっとなでた。

 朝日新聞

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