【ネパール地震】がれきの中 体横たえ 次女かばい逝った母

【ネパール地震】がれきの中 体横たえ 次女かばい逝った母

【チョータラ(ネパール中部シンドゥパルチョーク地区)竹内良和】

ネパールの大地震で最大規模の被害が出たシンドゥパルチョーク地区で、家の下敷きになって亡くなった女性の体の下から、4歳の次女が無事救出された。

女性は地震の3日前に三女を出産したばかりで、ベッドに横たえた体で次女をかばった。「妻のような強い女性に」。残った夫は、1人も欠けずに命をつないだ3人の娘を、妻の分までしっかり育てようと誓っている。

地元政府関係者によると、カトマンズ北東の同地区では、4日までに人口約30万人のうち約3600人が死亡したとの情報もある。

レンガ造りの民家や商店は軒並み倒壊した。

地区の中心地チョータラで、妻ラクシミさん(26)を失ったラトナ・バニアさん(26)と母、3人の娘の一家5人は、がれきから拾い集めたシートと木の枝でテントを建て、避難生活を送っている。  

先月25日、3日前に三女を出産したラクシミさんは体調を崩し奥の部屋のベッドで休んでいた。腕の中では次女アスタちゃん(4)が昼寝をしていた。

突然揺れに襲われ、ラトナさんはとっさに長女と三女を家から連れ出す。

妻と次女を助けに戻ろうとした時、家が潰れた。

やがて、兵士たちが来てがれきをどかした。妻の体が見えた。体の下に作った隙間(すきま)で次女を守るように、四つんばいの姿勢で息絶えていた。「アスタ、アスタ!」。次女を呼ぶと「ハイ」と返事が聞こえた。脚をすりむきながらも無事だった。

子供が好きで、働き者の妻だった。小さな畑を耕していたほかは、ラトナさんが行商のポーター役などで得るわずかな収入があるだけで、暮らしは貧しかった。

妻はしばしば自分の食事も娘たちに与えた。自分が十分な教育を受けられなかったせいか、家事や畑仕事の合間をぬって、娘たちの様子を学校まで見に出かけ、家でも勉強するよう促していた。  

「チョコレートが好きなの」「大きくなったらパイロットになりたい」。

1歳上の姉とはしゃぐアスタちゃん。だが、母の話題になると姉妹は泣き出す。だからラトナさんは口にしないようにしている。「でも、死ぬまで妻を忘れない。この胸の中で生きている」  

籐(とう)のかごで眠る三女の名前は決めた。「サパナ」。ネパール語で「夢」を意味する。「どうか妻の死は夢であってほしい」との思いを込めたという。 

朝日新聞

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