【阪神淡路大震災】いなくなって初めて知ったそばにいる命の尊さ「だからこそ、自分の周りの人を大切にして」

「明日、震災が起きると思う人、手を挙げてください」

体育館がしんと静まり返った。今月9日、兵庫県三木市内の中学校で開かれた追悼集会。阪神大震災の語り部ボランティアグループ「語り部KOBE1995」のメンバーで神戸市立小学校教員、長谷川元(げん)気(き)さん(28)は、生徒らに語りかけた。

「当時小学生だった僕も、20年前のあの日まで、震災が起きるなんて夢にも思っていなかった」。そして、一人一人の目を見ながら、ゆっくりと体験を語り始めた。

 

阪神・淡路大震災「1.17の記録」

(写真提供:神戸市)

 

平成7年1月17日、当時小学2年だった長谷川さんは同市東灘区の自宅アパートが全壊し、弟の翔(しょう)人(と)ちゃん=当時(1)=と母の規(のり)子(こ)さん=同(34)=を亡くした。

がれきの下敷きになり、「おかーさーん、おかーさーん」と叫んでも返事がなかったこと。避難先の公園で、「これからは家族3人で力を合わせて頑張っていこうな」と言った父(63)の涙。

震災後、しばらく見続けた家族5人の楽しかった日々の夢。学校生活の会話で、ふと母を思い出し、休み時間に涙があふれたこと-。

「あの日、2人がいなくなると分かっていたなら、もっとお母さんが喜ぶことをしたのに。翔人が笑顔になれるようにいっぱい遊んであげたのに」。

初めて知ったそばにいる命の尊さ。「だからこそ、今、自分の周りにいる人たちを大切にしてほしい」

グループのメンバーとして3回目の講演となった長谷川さん。生徒の一人は「日常の大切さを知りました」と感想を述べた。

長谷川さんが語り部になったのは、1年前に届いた手紙がきっかけだった。

「私たちと一緒に活動しませんか」。勤務先の小学校の追悼集会で話す長谷川さんを紹介した新聞記事を読み、グループ代表で元小学校教諭の田村勝太郎さん(73)が呼びかけた。

長谷川さんは「他校の子供たちにも伝えられる」と思い、仲間に加わった。若い語り部の誕生に、田村さんは「砂場の中から大切な宝物を探し当てたような喜びだった」と振り返る。

グループは、震災で小学校の避難所運営などを経験した田村さんや、遺族ら数人で16年12月に結成。県内外の小中学校などで約70回講演を重ね、命の尊さや助け合いの大切さなどを伝えてきた。

しかし、結成から10年がたち、長谷川さん以外で活動できる語り部メンバーは60~80代の4人と高齢化が進んでいる。

「ずっと若い人材を探し続けていたが、なかなか受けてくれる人がいなかった。小学生で被災した長谷川君の“生の声”や今の姿には、体験を子供たちに身近に感じてもらえる力がある」と田村さんは期待する。

長谷川さんが加わってもうすぐ1年。「こんなエピソードを盛り込んでみたら」「時系列のストーリーを作ったら伝わりやすいで」。長谷川さんが語り部をする際には、田村さんが同行し、アドバイスする。

「先輩たちから学ぶことはいっぱいある。語り部として伝えたい思いを、いかに『なるほど』と思わせながら伝えるか。それはとても大事だし、難しい」と長谷川さん。

中学生の時に震災について書いた作文を読み上げたり、自分の体験を聞いた中高校生らが描いてくれた紙芝居を活用したりして試行錯誤を重ねる。

そんな姿に、田村さんも「いずれは語り部のリーダーとして被災地の記憶の継承を引っ張っていく存在になってほしい」と温かいまなざしを向ける。

長谷川さんには伝えたいことが2つある。「周りにいる人を大切にすること」と「夢を持つ大切さ」だ。「それを伝えていくのは自分にしかできない。

つらい経験があっても、子供たちのために話をしようとしている自分の姿を見て、少しでも希望を持ってもらえたらうれしい」

あの悲しみを乗り越えたからこそ伝えられる力がある、と信じている。

産経WEST

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