【阪神淡路大震災】志半ばで亡くなった長男を偲ぶ 三重県津市の藤原さん夫婦

「さみしさには慣れたけれど、写真をみると今でも胸が締め付けられる」。

16日、神戸市灘区の神戸大学で行われた、阪神大震災で犠牲になった学生を悼む献花式。長男を失った津市の藤原宏美さん(74)と妻の美佐子さん(70)夫婦も訪れ、慰霊碑に手を合わせた。

子供の頃からの夢だった公認会計士の試験に受かった直後、犠牲になった長男。2人は巡ってきた20回目の命日を前に、志半ばで亡くなった長男に思いをはせた。

 

阪神・淡路大震災「1.17の記録」

(写真提供:神戸市)

 

夫婦の長男で同大4年だった信宏さん=当時(22)=は同市東灘区内にあった古い木造アパートの1階で1人暮らしをしていた。震災前年の平成6年には公認会計士の試験に合格し、大阪市内の監査法人への就職も決まっていた。

7年1月17日、神戸を大きな地震が襲ったことを宏美さんはテレビのニュースで知った。当日は、電車が止まっていたため駆けつけることができず、テレビで犠牲者の名前が伝えられるたび、信宏さんの名前がないか不安にさいなまれながら確認し続けた。

電車を乗り継ぎ、たどり着いた信宏さんのアパートは、1階部分が押しつぶされていた。震災から2日後、信宏さんの遺体はがれきの中から発見された。

美佐子さんは「卒業論文があるからと前年末に1泊だけ帰省した。それが顔を見た最後になった」。宏美さんは「これから、というときに。なぜ息子だったのか」とやりきれない思いを口にした。

掘り出した遺品のなかに、大学の友人と一緒に撮影した写真があった。

スキー旅行や飲み会。信宏さんは楽しそうに笑っていた。宏美さんは「ずっと勉強ばかりしてきたから、楽しかった時期はあったのかなと心配だった。でも、写真をみて、そのときだけは少しホッとしました」と振り返る。

あれから20年。夫婦は今も毎日、信宏さんの仏壇に手を合わせ、週に1度の墓参りは欠かさない。8月のお盆と12月の神戸ルミナリエ、そして命日の1月17日。夫婦は年3回、必ず神戸を訪れ、心の中で信宏さんに「今年も来たよ」と呼びかける。

宏美さんは、がれきの中から見つけた信宏さんの腕時計を常にはめている。この日も左手首にはめ、献花式に訪れた。「最近、孫を連れたおじいちゃんがうらやましくて仕方ない。生きていたら42歳、結婚して子供もいたことでしょうに…」。20年たっても消えない悲しみを口にした。

産経WEST

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