【東日本大震災】心を支える妻の最後の手紙

【東日本大震災】心を支える妻の最後の手紙

特別養護老人ホーム慈恵園で働くある夫婦の話。

二人は職場内結婚。妻はデイサービスセンターの介護職員、夫は事務職員だった。

震災当日、夫はは、町を破壊しながら押し寄せる津波を見た。

慈恵園の入所者68人はほとんどが寝たきりだ。 施設は海から約1キロしか離れていない 「とにかくもっと上へ運ばなければ」。

裏の高台にある志津川高校までは急坂が50メートルほど続く。十数人の職員と近くにいた高校生が集まり、お年寄りを一人一人抱え上げリレーのようにして運んだ。 

しかし、間もなく津波は施設をのみ込んだ 助けられたのはたったの20人ほど。 無我夢中で、施設が津波にのまれるところは見ていない。

妻ががいないと気付いたのは日が暮れたころ。彼女は地震の後、慈恵園の前で毛布を手に、お年寄りの間を歩いていた。それが彼女を見た最後だった・・・

3日後、がれきの中から遺体が見つかった。 職場の机の引き出しには、泥まみれになった夫のかばんが残っていた。

内ポケットから、奈保子さんの手紙が出てきた。 数年前、夫婦げんかをした後にもらったものだ。 かばんにしまい、そのまま忘れていた。

「突然手紙というのも何かあったと思うかな?  何もないのよ。昔書いていた日記を見つけて読んだら、とっても大切にしてもらってたのね。反省しました」 「パパ、大好きよ。子供たちのたくましいパパでいてね。今日も一日頑張って」

4月。親子3人は自宅があった宮城県南三陸町を離れ、登米市のアパートへ。 18日には下の子の小学校の入学式があった。

仕事が大好きで責任感が強かった妻はさんは生前、介護福祉士の試験に初めて挑戦してた。 4月初め、夫がインターネットで確認すると、難しい介護士に合格してた 「一緒に喜べたらよかったのに」と泣きながら笑う。

咲き始めた桜の下、支援物資の中にあった白のブラウスを着た娘を見つめながら、夫には入学式を楽しみにしていた、

妻の声が聞こえた気がした。 「今日も一日頑張って」。

あの手紙の中にあった言葉だ。 今も妻が戻ってこないとは信じられない。

道具箱や鍵盤ハーモニカ、おはじき。妻ががそろえた入学用の学用品は全て流された。 学校のこと、2人の子の世話、新しい仕事探し。

「料理だってやったことないのに…」 と戸惑う健吾さんに、中学生になった長男は 「ごはんは僕が作る」と言ってくれた。

妻の最後のさんの手紙が、今も頭の中でこだまする。 負負けないとへのエールのように・・・。 「今日も一日頑張って」

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