【東日本大震災】暗闇の中、父を待ち続けた~幼い日、家族~を失った

【東日本大震災】暗闇の中、父を待ち続けた~幼い日、家族~を失った

2011年3月11日午後2時46分、佳祐は湊小学校1年、7歳だった。

教室で揺れに襲われ、校庭に逃げ出した。「ここにいなさい」。駆けつけた父正紀(まさき)=当時(42)=はそう言い残し、自宅に戻った。  

学校からは車で5分。家族で自動車整備工場を経営していた。母みどり=当時(49)、祖母日野みや子=当時(74)、姉佳奈=当時(10)=の5人家族だった。  

津波が迫る。正紀は家族を車に乗せ、佳祐が待つ湊小学校に向かった。

「ここにいた方がいい」。近所の人が止めるのを振り切って。2階に逃げても津波が来る、そう考えたのかもしれない。だが、このとき、小学校へ続く道路は大渋滞が起こっていた。  

午後3時49分、濁流は小学校1階の天井近くに達した。建物や車が校舎にぶち当たり、不気味な音が響く。佳祐はほかの児童とともに校舎4階へ。

電灯が消え、暗闇に包まれた教室。寒さに震えながら、彼はじっと、家族の迎えを待ち続けた。  

教室は凍えるほど寒い。避難者が、丸めた雑巾を調理室にあったサラダ油に浸し、火を付けた。弱々しい炎が、真っ暗な教室にともった。  

東日本大震災が起き、宮城県石巻市立湊小学校に付近の住民らが逃げ込んだ。1年生の辺見佳祐(けいすけ)は4階の教室で家族を待った。たくさんの児童が一緒にいたが、父母らが迎えに来て、1人、また1人と教室を後にした。

「なんで僕のとこだけ来ないの?」 取り残された佳祐は、学校職員に何度も尋ね、泣き続けた。 「大丈夫だよ。もうすぐ来るよ」 職員はそうなだめるしかなかった。    

2日後、同校教諭の武川雄三(49)はがれきが散乱した校区を歩いた。いくつかの遺体を見たが、どうすることもできない。  

佳祐の家がある不動町まで来たときだ。市民会館の前の電柱に、1台の車を見つけた。側面が電柱に押しつぶされて止まっている。  

佳祐の父正(まさ)紀(き)=当時(42)=の愛車、銀色のアウディだった。窓ガラスは泥で汚れ、中はうかがえない。「もう駄目だ」    

叔父が佳祐を迎えに来たのは震災から4日後。アウディの中から、家族4人の遺体が見つかったが、佳祐には知らせなかった。  

宮城県東松島市の父の実家に身を寄せた。母みどり=当時(49)=の姉で、仙台市に住む伯母日野玲子(53)も駆けつけた。まだ電気も水道も復旧していない。玲子は佳祐を連れ、仙台へ戻ることにした。  

「みんなは病院にいて会えないから、おばちゃんの家に行こう」。そう声を掛けると、佳祐は「病院に行きたい」と泣きじゃくった。佳祐をなだめながら、玲子のアパートに向かった。  

もう隠し通すことはできない。その夜。玲子は真実を告げようと決意する。  

久しぶりの風呂から上がり、落ち着いた様子の佳祐に、そっと語りかけた。  

「なんでみんな、迎えに来られなかったかっていうとね…」  返ってきたのは、意外な反応だった。  

「分かった。もう言わないで」  佳祐はそれだけ言うと、黙り込んだ。それ以上は何も聞かなかった。玲子も黙り込んだ。   佳祐は7歳でで家族を失った。    

玲子は前年に離婚。子どもはいない。親族で話し合い、母みどりと年が近い玲子が、佳祐を引き取ることになった。

震災から約2カ月後。家族の思い出が詰まった石巻の自宅で、2人の暮らしが始まった。

神戸新聞

【スポンサーリンク】

もしこの記事が気に入って頂けましたなら、はてなブックマークやツイッター、Facebook等でシェアしていただけたら嬉しいです。この上無いはげみになります。

関連記事

おすすめ記事

  1. 【東日本大震災】夫の最後の贈り物、指輪に誓う「娘と強く」

    2011-3-20

    【東日本大震災】夫の最後の贈り物、指輪に誓う「娘と強く」

    夫の荷物の中に指輪があった。ホワイトデーのプレゼントに、こっそり買ってくれていたらしい。  …

ピックアップ記事

  1. 【東日本大震災】被災から6年 月命日、母の墓参続け 南相馬・渡辺さん「みんな幸せだよ」
    東日本大震災の津波から孫2人を守りながらも、母を失った南相馬市小高区の渡辺のり子さん(66)は「…
  2. 【東日本大震災】震災で亡くなった娘の夢 67歳の母かなえる
    仙台市青葉区の清水和子さん(67)が27日、看護師の国家試験に3度目の挑戦で合格した。東日本大震…
  3. 【東日本大震災】震災で逝った“お姉ちゃん”との世界旅行
    肩までの髪に、おそろいのワンピースを着た仲よしの姉妹。グアムでは夕陽が沈む海で、イタリアではピサ…
  4. 【東日本大震災】贈る言葉  東日本大震災6年 娘の晃子へ 一年でも長く生きる
    岩手県陸前高田市 金沢善郎さん(86)晃子(当時53歳)、私が仏間にめったに入らないから怒っ…
  5. 【東日本大震災】大震災6年 新たな我が子2人に
    宮城・石巻の小高正美さん、親子4人で歩み始める新しい命に、失った我が子らの思い出や成長を託せるよ…
  6. 【東日本大震災】お婿さんの近況、聞いてみようか
    「僕は成田家の人間ですから」彼は即答した。東日本大震災で亡くなった宮城県石巻市の成田絵美…
  7. 【東日本大震災】人々のつながる場所作り テイラー基金手伝い、生きる励みに
    「恨んでいる相手と一緒にいるのはつらいだろうから、離婚して東京の実家に帰るか?」夫のその言葉…

人気記事

ページ上部へ戻る