【東日本大震災】「天国の娘 生きた証し」 合格していた看護師試験…母に証書

娘は確かな“足跡”を遺していた。

宮城県東松島市野蒜(のびる)で激しい津波に遭い、亡くなった尾形志保さん(22)が2月の看護師国家試験に合格していたことが分かり、母親の妙子さん(51)に合格証書が手渡された。

「私と同じ道に立ってくれた」。市内の病院で看護部長を務める母は、成長した娘が同じ看護師として、いまでも自分のすぐそばにいてくれていると信じている。(中村昌史)

■「私と同じ道に…」

 「言葉にならないです」

祭壇に3人の遺影が並んでいた。津波は志保さんだけでなく妙子さんの夫、登)志憲(としのり)さん(51)と長男、剛(ごう)さん(20)の命も奪った。自宅が流されてしまったため、妙子さんの携帯電話に残った画像を遺影にした。妙子さんが履くジーンズは志保さんの数少ない遺品だ。

3月11日。激しい揺れがあったとき、妙子さんは病院で勤務中だった。

志保さんは自宅で将来の病院勤務に備えた勉強をしていた。その後、剛さん、愛犬とともに車で、近くの高台にある避難所へ向かったようだ。登志憲さんも合流したとみられている。

■津波来ないでほしい

《津波が来ないでほしい》。志保さんがミニブログのツイッターにそう書き込んだ直後、「黒い波」が襲った。

何日後のことだったか。気が動転していて思い出せない。廃虚と化した野蒜駅周辺で志保さんが見つかった。間もなく、そこから数十メートル離れた場所で水没した車中から、登志憲さんと剛さんが寄り添うように倒れているのが発見された。

「志保は几帳面で段取りの良い子。自分が最初に見つかることで『パパと剛も近くにいるよ!』と知らせてくれたんだと思う」

多くの負傷者への対応に追われ、2週間近くも不眠不休の勤務を続けていた妙子さんに現実を受け止める余裕はなかった。清められた3人の遺体は、ほとんど傷がなく湯上がりのようだった。

志保さんは仙台市内の大学で看護を学び、4月に県外の学校へ入学することが決まっていた。患者に真剣に接する母の姿が、看護師を志すきっかけだった。

「友達の赤ちゃんを、みんな取り上げるんだ」

助産師志望。楽しげに夢を語る志保さんに、妙子さんは「婚期を逃すよ」と冗談めかした。でも、「結婚に興味はないよ」とかわされた。「理想の旦那さんはパパ」。志保さんは常々こう話していた。

震災後、妙子さんは志保さんのブログを見つけた。こんな書き込みがあった。《明日で人生が終わるなら、友達皆に連絡して最後は家族と過ごしたい。「楽しかったよ」と伝えたい》

夫や子供たちは、なぜ死ななければならなかったのか。自分はなぜ残されたのか。妙子さんはいま、必死に答えを探している。「『復興の兆し』というけれど、やっと現実と向き合い始めたところなんです」

娘の看護師試験の合格を知ったのは3月末だった。「志保が生きた証がほしい」。妙子さんは免許状を希望したが、国の規定上、亡くなった人には交付できない。

「何とかならないのか」。事情を知った議員らによって国会で取り上げられたこともあり、厚生労働省も動いた。特別に合格証書が作られ、被災地視察に向かう厚労省の責任者から、妙子さんに手渡されることになった。

「娘は本当に喜んでいると思います」。18日、合格証書と志保さんの遺影を胸に、妙子さんは涙をぬぐった。

「震災の真実を100年後も200年後も伝えてほしい。亡くなった多くの人のために。同じことが二度と起こらないように」 

産経新聞

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