【東日本大震災】被災者へ「負けないで」 妻子失った市職員がメッセージ

【東日本大震災】被災者へ「負けないで」 妻子失った市職員がメッセージ

「被災されたみなさん、苦しいけど負けないで 職員S」。

東日本大震災で被災した宮城県名取市役所に張り出されたメッセージが、人々を励ましている。  

書いたのは市職員の西城卓哉さん(30)。

津波で7カ月の一人息子の直人ちゃんを亡くし、妻由里子さん(27)は今も行方がわからない。「2人にとって誇れる夫、父親であり続けたい」と自分を奮い立たせて仕事を続けている。

3月11日午後2時46分。市役所庁舎の自分の机にいた卓哉さんは、揺れを感じるとすぐに由里子さんの携帯に電話をかけた。   

呼び出し音がして一瞬、通じたと思ったが、1秒も経たずに「ツーツーツー」と切れた。激しい揺れの中で何度もかけ直した。

携帯の画面には「発信できません」の表示。不安だったが「直人を守ってくれているはず」と自分に言い聞かせた。  

卓哉さんが所属する保険年金課は、災害時には被災者の受け入れ態勢作りをすることになっていた。すぐに、避難所の食料調達の仕事が回ってきた。

作業中に傷がつかないよう、結婚指輪を外してスーツの胸ポケットにそっとしまった。  

仕事を終えて、名取市内の自宅マンションに帰ったのは12日午前2時ごろ。海岸から約3キロ離れていたが、あたりは水と泥でぐちゃぐちゃだった。ドアを開けて「由里子」と呼んだが、2人はいなかった。  

「どこかで寒い思いをしているはず」と、毛布や食べ物、オムツなどをいっぱい積んで車を走らせた。一晩中、近くの避難所を回り、駐車場に由里子さんの銀色の車を捜した。  

早朝、自宅から約3.5キロの由里子さんの実家を目指した。直人ちゃんを連れてよく遊びに行っていた。

途中から道路ががれきと泥で寸断されていた。車を降り、がれきをつたって歩いた。海岸から約1キロの2階建ての実家は、なくなっていた。  

13日、避難所で由里子さんの母に会えた。由里子さんは、直人ちゃんを抱いたまま実家で津波にのまれたと聞いた。  

15日、卓哉さんの父と妹が、避難所で仕事をする卓哉さんを訪ねて来て「安置所に直人に似た遺体がある」と教えてくれた。

仕事を終え、市役所近くの安置所へ向かった。

大きな棺がいくつも並ぶ中、小さなピンク色の棺。ふたをあけた。直人ちゃんがいた。眠っているようだった。紫色の肌着は泥で茶色になっていた。寄り添って、頭とほっぺをなで続けた。  

16日も、市役所は身内や友人の安否を確認しようとする人であふれていた。由里子さんも行方不明のまま。卓哉さんは1日に何度も何度も、避難所と犠牲者の名簿を目で追った。  

同じように名簿を探しても相手を見つけられず、がっかりする人を何人も見た。「つらい思いをわかる人間が、ここにいます」と伝えたかった。

「自分に何ができるだろう」と自問した。被災者にメッセージを書こうと思い立った。  

17日、いつもより早く職場に着いた。机の引き出しにしまってある、家族3人の写真を取り出した。  

由里子さんと出会ったのは3年前。いつも笑顔で話す、明るい職場の後輩だ。一目ぼれし、その年の6月14日、由里子さんの誕生日にプロポーズした。

由里子さんの実家で飼うラブラドルレトリバーを連れて海岸をよく散歩した。昨年7月に直人ちゃんが生まれた。カメラを向けると、いつもにこにこ笑っていた。何千枚も写真を撮った――。  

思い出を胸に、ペンを手にした。一文字ずつ、丁寧に書いたが、線がゆがんだ。「負けないで」と書き上げた。  

「あの文章を書かれた方ですか……。実はうちもなんです」。数日後、家族を亡くした人たちが卓哉さんに声をかけてきた。無事に過ごせているかどうか、お互いのことを話した。

卓哉さんは「何か困ったことがあれば、相談し合いましょう」と約束した。「苦しいのは自分だけじゃない。一人一人の支えになりたい」と願う。  

「妻と息子が生まれ育ったこの町を、またみんなが笑って暮らせるようにしたい」。職場の机の引き出しには、いつものように3人の写真が入っている。(滝沢卓)      

◇ 〈西城卓哉さんのメッセージ全文〉  最愛の妻と生まれたばかりの一人息子を大津波で失いました。  
いつまでも二人にとって誇れる夫・父親であり続けられるよう精一杯生きます。  
被災されたみなさん、  苦しいけど  負けないで!     名取市職員 S

朝日デジタル

【スポンサーリンク】

もしこの記事が気に入って頂けましたなら、はてなブックマークやツイッター、Facebook等でシェアしていただけたら嬉しいです。この上無いはげみになります。

関連記事

おすすめ記事

  1. 【東日本大震災】夫の最後の贈り物、指輪に誓う「娘と強く」

    2011-3-20

    【東日本大震災】夫の最後の贈り物、指輪に誓う「娘と強く」

    夫の荷物の中に指輪があった。ホワイトデーのプレゼントに、こっそり買ってくれていたらしい。  …

ピックアップ記事

  1. 【東日本大震災】被災から6年 月命日、母の墓参続け 南相馬・渡辺さん「みんな幸せだよ」
    東日本大震災の津波から孫2人を守りながらも、母を失った南相馬市小高区の渡辺のり子さん(66)は「…
  2. 【東日本大震災】震災で亡くなった娘の夢 67歳の母かなえる
    仙台市青葉区の清水和子さん(67)が27日、看護師の国家試験に3度目の挑戦で合格した。東日本大震…
  3. 【東日本大震災】震災で逝った“お姉ちゃん”との世界旅行
    肩までの髪に、おそろいのワンピースを着た仲よしの姉妹。グアムでは夕陽が沈む海で、イタリアではピサ…
  4. 【東日本大震災】贈る言葉  東日本大震災6年 娘の晃子へ 一年でも長く生きる
    岩手県陸前高田市 金沢善郎さん(86)晃子(当時53歳)、私が仏間にめったに入らないから怒っ…
  5. 【東日本大震災】大震災6年 新たな我が子2人に
    宮城・石巻の小高正美さん、親子4人で歩み始める新しい命に、失った我が子らの思い出や成長を託せるよ…
  6. 【東日本大震災】お婿さんの近況、聞いてみようか
    「僕は成田家の人間ですから」彼は即答した。東日本大震災で亡くなった宮城県石巻市の成田絵美…
  7. 【東日本大震災】人々のつながる場所作り テイラー基金手伝い、生きる励みに
    「恨んでいる相手と一緒にいるのはつらいだろうから、離婚して東京の実家に帰るか?」夫のその言葉…

人気記事

ページ上部へ戻る