【東日本大震災】贈る言葉 東日本大震災6年 娘の晃子へ 一年でも長く生きる

【東日本大震災】贈る言葉 東日本大震災6年 娘の晃子へ 一年でも長く生きる 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
岩手県陸前高田市 金沢善郎さん(86) 晃子(当時53歳)、私が仏間にめったに入らないから怒っているかい。遺影と目を合わせられないんだ。安置所を捜し回って見つけたのは津波から9日後。通夜では家族皆で布団を並べて眠ったね。それでもまだ、逝ったとは思えなかった。とうとう顔をのぞき込んだのは、葬儀で「最後のお別れです」と言われた時。あの時のつらさがよみがえるのが怖いんだ。   仙台市の大学に進...

【東日本大震災】大震災6年 命救った消防団員の息子を「褒めてあげたい」

【東日本大震災】大震災6年 命救った消防団員の息子を「褒めてあげたい」 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
近所の人から感謝の言葉 福島・浪江の渡辺昭子さん 海がよく見える福島県浪江町の高台で、渡辺昭子さん(67)は真新しい御影(みかげ)石に刻まれた碑文を見つめた。東日本大震災の発生から6年を迎えた11日午前、津波の犠牲者182人の名前をとどめる町による初の慰霊碑が除幕された。一人息子の潤也さん(当時36歳)は消防団員として活動中に命を落とした。県内の行方不明者196人の一人。県警による捜索はこの...

【東日本大震災】大震災6年 新たな我が子2人に

【東日本大震災】大震災6年 新たな我が子2人に「天国の5人と一緒」 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
宮城・石巻の小高正美さん、親子4人で歩み始める 新しい命に、失った我が子らの思い出や成長を託せるようになりました--。 宮城県石巻市の家業手伝い、小高(おだか)正美さん(38)は、東日本大震災の津波で両親と子供3人の家族5人を失った。家にこもりがちな時期もあったが、葛藤の末に新たに授かった2人の子は、一緒に供養してくれるようになった。今は「天国の5人と一緒」と確信している。親子4人は歩み始...

【東日本大震災】お婿さんの近況、聞いてみようか

【東日本大震災】お婿さんの近況、聞いてみようか 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
「僕は成田家の人間ですから」 彼は即答した。 東日本大震災で亡くなった宮城県石巻市の成田絵美さん=当時(26)=にはお婿さんがいた。4つ上。運送業を営む。震災4カ月前に結婚し、成田家の籍に入った。 「実家に戻る?」 絵美さんの母で看護職の博美さん(56)は同居を一時解消する考えがあるかどうかを聞いた。震災1カ月後だったと思う。娘の遺体は見つかっていない。 「いえ、残ります」 答えに...

【東日本大震災】人々のつながる場所作り テイラー基金手伝い、生きる励みに

「恨んでいる相手と一緒にいるのはつらいだろうから、離婚して東京の実家に帰るか?」 夫のその言葉を聞いた後、遠藤綾子(りょうこ)さん(48)は気付いた。 「子煩悩な父親」 「つらいのは夫も同じ」 夫の伸一さん(48)は「『子はかすがい』。たとえ命が亡くなっても夫婦をつないでくれたのは子供たちだ」と話す。 「花、侃太(かんた)、奏(かな)にとって父と母は俺と綾子に変わりない」 &nbs...

【東日本大震災】思い出写真 甲子園で孫の雄姿見届け

【東日本大震災】思い出写真 甲子園で孫の雄姿見届け 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
いつもこの服装で、こうしてカウンターでお客さんと話していました。孫2人の甲子園の応援にも、この写真を持っていきました〉 そこに写るのは石巻市内で居酒屋「鐵平」を営んでいた夫の伊勢鉄夫さん=震災当時(71)。震災から数日後、がれき交じりの海水に浮いているのを見つけた。約2カ月前に常連客が撮ってくれたものだ。 あの日、伊勢さん夫妻は足の悪い常連客の夫婦を車に乗せ、山を目指した。車が進めないとこ...

思い出写真 「人の役に」聞こえた母の声

思い出写真 「人の役に」聞こえた母の声 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
〈母は40代前半で、父が病気で亡くなる前後の写真かな。当時は祖母、両親、僕と弟の5人家族。家計を支えるため、働きに出ていた水産加工場の慰安旅行だと思います。母にとって一番苦しい時期ですが、私の目にはほほ笑んでいるようにしか見えません〉 本州最東端に位置する岩手県宮古市の重茂(おもえ)半島で漁師をしていた千村さん。父や祖母も他界し、母の君代さん=当時(61)=と2人で暮らしていた。 あの日、...

【東日本大震災】思い出写真 今も捜し続ける娘の姿 福島県大熊町・木村紀夫さん

【東日本大震災】思い出写真 今も捜し続ける娘の姿 福島県大熊町・木村紀夫さん 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
あの日から6年。東北を襲った巨大津波は多くの尊い命だけでなく、被災地に住む人々の数々の思い出の品を奪っていった。 一方で、がれきの中からはたくさんの写真も見つかった。波に洗われて色あせたり、ぼろぼろになったりしながら、持ち主の元へ戻ってきたものも少なくない。今は亡き大好きな人。思い出が詰まった写真を手に、残された人たちは何を思うのか。                   ◇ 〈入園式の写...

【東日本大震災】大震災6年 遺族会発足「二度と津波で亡くさない」 大槌

【東日本大震災】大震災6年 遺族会発足「二度と津波で亡くさない」 大槌 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
吉里吉里地区の吉祥寺の檀家が七回忌に合わせて 東日本震災による死者・行方不明者が1285人に上った岩手県大槌町。悲劇を風化させない--。同町吉里吉里(きりきり)地区にある吉祥寺の檀家(だんか)が七回忌に合わせて遺族会を発足させ、11日、同寺で、慰霊碑の除幕式が営まれた。「大切な人を二度と津波で亡くさないように」。会の顧問を務める保育園理事長の東谷(あずまや)藤右エ門さん(83)は誓う。 除...

【東日本大震災】<震災6年>戻って 7人思い生きる

【東日本大震災】<震災6年>戻って 7人思い生きる 2011年3月11日 東日本大震災 地震 津波 火災 福島原発事故
昨春に大学を卒業し、古里、宮城県気仙沼市内の保育所の管理栄養士になった。食材の発注や調理を担う。給食を頬張る乳幼児に気を配り、アレルギーがある子に特別食を考える。 ◎三浦美咲さん=宮城県気仙沼市= 「毎日いっぱいいっぱい。でも、子どもたちが食べてくれるのはうれしい」。三浦美咲さん(23)の言葉に充実感がこもる。  東日本大震災の発生当時、市内の高校2年生だった。津波で...